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The Planet of Green  ☆ blog

   

悲しくて眠れない

昨夜は金曜だったので
久々に某絵チャへ出動して参りました。

なのに……

また誰も居なかった〜(^^;)


悲しくて眠れなかったので
一枚描いてきました。

全然ヤマトじゃないんですが(笑)







男女が逆転してる「精霊の守り人」(笑)

髪の毛結んでいないバルサが素敵だったので
描いてみました… って、タンダが花背負ってそうな。



某絵チャ管理人さんにはまだ送ってないです(^^;)
どうせ寝てるから(笑)。
あとで送ろう………(いいのかそんなで)




まあ、悲しくて眠れない、って言うのは別に
絵チャに誰も来てくんなかったから、じゃあないんだけどね…(苦笑)

例によって、認知症で施設に要る母の話。
ま、暴言なのでスルーよろ。




(つづきへ)





暴論だけど。

日本の医学は、変な風に進み過ぎていると、思う… 常々。


生きていたくない人間まで生かす医学。
命を助けるだけは出来ても、
その後のクオリティ・オブ・ライフまでは「知らん」という医学。
その技術の高さは、ヒトの感情とは相反するものだな、と。
フィジカルとメンタルは両輪であるはずなのに
一方だけが肥大している片手落ちな世界。


母は生活習慣病が原因ではない脳血管の破裂で左脳の一部を失い
認知症を発症した。

倒れて目覚めたら、要介護5の一級障害者になっていた。

そのまま、段々と認知症が進み、誰も何も、それを止められず。
今の彼女は、一体もとの、あの人なんだろうか…
彼女自身も、それが分からなくなっている。


そんな状態の人間が、生きていて楽しいんだろうか…
いや、生きる意味すらあるのだろうか、と
最近真剣に考える。


生きている意味を、本人すら喪失した人間。

生きているだけで良かったねと思えるのは周囲の者だけじゃなかろうか。
本人の気持ちは、生きていることの意味は、どこへ行っちゃったんだろう。
というか、70年生きて来た意味は?
自分がどんな人間だったかも忘れてしまった、…なら、
その70年間に意味はあったんだろうか?


とりあえず、彼女の身体は健康。
トラブってるのは脳だけ。あ、左脳が一部欠損してるので右半身が動かない。
でも、娘たちから見る母は別人で、出来の悪い汚らしいクローン人間みたいで。
中身もどっかの知らない鬼婆のよう。

お前なんか、私のお母さんじゃない。

そう怒鳴りつけてしまいたい気持ちに駆られて、
すんでの所で思いとどまる、の繰り返し。





生きているだけで幸せ……っていうのは、
母の場合には当てはまらないなあ…


生きているとしても、あれは母じゃないもの。

同じ人とは思えないもの。




先生、と大勢の他人に慕われて来た母が
施設の職員に物を投げる。
食事が気に入らない、電気の消灯を自分でしたいのに手が届かない、オムツ替えが嫌だ。
そう言って、物を投げつけるというのだ。
食事なんか、一徹クラッシュするそうだ……


それを施設職員から聞いて、血の気が引いた。

にこやかに「そういうのは、認知症のお年寄りには珍しいことじゃないですし」と
言って下さるが、私にとってはとんでもないイレギュラーだ。

私の母たる彼女が、そんなことをするなんて……




ゆっくり年老いてそうなって行ったのではないから、
余計拒絶意識が強い。
人様に迷惑をかけることを人一倍気にしてきた彼女が、
そんなボケ老人になっちゃっただなんて…


あの人の中の一体何パーセントが、
元のあの人なんだろう…。




まあ、
生きているのだから、仕方ない。

死ぬまで面倒はみようと思う…だけど。


私自身は、
あんな状態で生き続けるというのは、絶対に嫌だ。




誤解のないように言い訳しとくが
母を面倒見るのが大変だって言うわけじゃない。
施設への支払いは妹が一手に引き受けてくれているし
普段の介護もほぼ99.9%施設に任せきりだ。
彼女の身体的状況から、自宅介護は無理と判断されているためだ。

でも、たとえ身体状況がもっと良くても
私は母を家で介護することは出来ないだろうと思う。





家の片づけをしていて、母の荷物の中から
祖母が母宛に書いた手紙を見つけた。
よくそんな物を取っておいたな、と思ったが、母があれを取っておいた理由はわからない。

祖母は、手紙の中で母の子育てについて散々なじっていた。




お前は、娘たちを放置し過ぎだ。
大体結婚自体、私は反対だったのだ。
あちらの家でも、仕事ばかりにかまけていて
孫たちはあちらの母が育てていたようではないか。
離婚してここに戻って来た今も
お前は娘たちを放って前の職場に無理矢理通い、
朝は6時、帰宅は11時。
私は今風の子育ては出来ないから、孫たちを厳しく躾けているが
孫たちは私を「冷たい祖母」だと思っている。
おまけにお前に「時代遅れの子守り」と言われて、腹立たしいったらない。




祖母は、明治生まれだ。
そして、祖母も祖父も子どもはあまり好きじゃない…
祖父などは、買ってあったアイスクリームを孫にねだられるのが嫌で、
冷蔵庫を開けるな、とよく言っていた。
離婚した父に似ている私は、何か祖母の怒りを買うと
「あの男に似て」という捨て台詞をもらった。




認知症の症状の一つに「昔に返る」というのもある。
知り合いのあるお婆さんは、目に見えない子どもを育てている気になっている。
世の中には、子どもが嫌いな人と、子どもが好きな人と、当然いるわけだが
当の子どもに取ってみれば、それは個性だと片付けるにはちょいと残酷だ…

ボケて、「ああ、子どもは可愛かったな」と思ってくれれば
幼い頃たらい回しみたいに育てられてても、まだ報われた。
目に見えない幻視の子どもを育てているお婆さんの、
その気にかけている子どもは、おそらく幼い頃の息子、娘だろう…
私は母からも祖母からも、いわばたらい回しみたいにされて育てられたから
母がそんなボケ方をしたのなら、むしろそれだけで報われたと思えたのだが。

でも、母は自分が子どもに戻ってしまったようで
私に対しても施設職員と同様、「そりゃ無理だよ」という要求をし、
叶えてもらえないと知ると不機嫌になって怒鳴り声を上げる。
「ここはいや、出て行きたい」というので
なぜかと聞いたら、「電気を自由につけられないから」だと。
タッチパネル式のスイッチだと数万回説明しても、
「電気のスイッチにヒモをつけて」という。
ヒモを引っ張れば点灯・消灯するように、だ。
「出来ないのならここは嫌、ここから出たい」と駄々っ子(子じゃなくて婆か)のよう…



「いい加減にして」と語気を荒げて居室を出そうになるが
相手はボケ老人だ。
適当なこと言って、誤摩化せば良いのだから、と気を鎮める…

でも、
悲しくて、仕方なかった。




あの人は、あの人なんだろうけど
中身はあの人じゃない。

というか
私はずっと、母に対して
「こういうママだったらいいのになあ」と思い続けながら育って来て
事ここに至ってもそう思いながら彼女が暴君になって行くのをただ見てる。

あんな風になって生き延びるより
あの時助けなければ良かった、と
またしても思っている。


悲しくて眠れナイ。




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