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夢ネコ

77歳になる母。
相変わらず、特養に訪ねても知らん顔、目を開けてもこっちを見もしません。
面倒くさいのか、その気力も体力もないのか(…いや、施設スタッフには反応するし、「ご飯だよ」というとパチッと音がするみたいに瞼を開けるから、そんなことはないんだろう)。


今、小さなネコのぬいぐるみを作ってるんだけど、作りながら度々思う。


猫がとにかく好きだったから、こういうモノをプレゼントしたら反応するのかな。


試しに、市販の掌サイズの猫のマスコットを上げてみた。

車椅子に座ってた母は、そのマスコット猫を握らせてやると、しばらく眺めていたが、……いきなり口を開けてかぶりつこうとした。
「食べ物じゃないから!」
と慌てて取り上げた。


あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜…(><)



等身大ならどうだろう?
さっきのは、小さすぎて、ネコだと分からなかったのかもしれない。

施設には、夢ネコというロボット猫の貸し出しがあって、白いのとグレーの長毛種のコがいる。
動作や鳴き声を見せてもらったが…

私から見ると「うへええ、作り物」という感じしかしないけれど、認知症の高齢者には本物とロボットの区別はつかないんだという。
(………そんなんなっちゃうのか……)とまたもや胸が詰まる。

だってこのネコ、モーター音するし。
抱っこすると内部のプラスチックが分かるし。
鳴き声も電子音…というか、ちゃちな録音の音声でしかない。
でも、こんなんでもいいのか……貸し出し用のネコの口の中に(口も開くようになってる)ご飯つぶがついてるのを発見して取ったけど。
つまり、可愛がってご飯を上げる人がいる、ってことなんだな。
貸し出すと、返すのを嫌がって放さなくなる人もいるんだという………


こんな子供だましでももう分からないもんなのかな、と思いながら、貸し出し用の夢ネコを連れて母の部屋へ行ってみた。




「ミーコだよ」

そう言って白い夢ネコを(それもウソだ。ミーコは黒に白いブチのメインクーンだし暮れに死んだ)抱かせようとしたけれど、やっぱり母は反応しなかった。


作り物、と分かってるのか。
いや、そうじゃなさそう。

………何を持たされてるのか、分からないんだ。




なんというか……………




宗教にすがりたくなる人の気持ちが、ここに至って分かるような気がする。


祈って何かが変わるとは思っていない。
神はいるだろう。
だけど、私の思う神というのは、物理を超越した存在で、
個々の人間の願いや存在になど頓着しない。
慈悲とか慈愛とか、そんなものは人間の勝手な片思いで、そんな物を神は持ち合わせていない。
苦しんで惨めに死んで行く人間が、普通に生きて寿命を全うする人間より圧倒的に多いのがその証拠だと思う。


けれど、時には都合良く、
人間に同情を寄せる神様の存在を期待してみたくなるのだ。
だから、片思いなのだ。

色んな宗教の形があるが、すべて「自己満足」であって
神そのものには届いていない。
つか…
そもそも、仏壇やら十字架やら、人に掃除してもらったり奉ってもらって世話されなくては力を発揮出来ない存在を、私は神とは思わない。
信じている人には申し訳ないけれど、そんな脆弱な存在を神と呼ぶのは、あまりにもつらい。
お参りして小銭を投げてもらって、それで願いを叶えてやろうとは。
一体どれだけ矮小な神なのか…
いや、神ではなくて自己満足、刷り込み、ただの自己暗示。
SFだ。ヤマトのアニメと同じ程度の有り難みしかない。




でも、
母の姿を見ていると、そんな程度の救いでもかまわない、と常々思うのだった。



母の信奉している宗教では
「敬虔なクリスチャンは、死んだら地上の楽園で復活する」と信じられている。

病気は治り、身体障害は回復し、老化は止まり若返る。
いつまでも若く健康なまま、永遠に生きるのだそうだ。
過去に死んだ信者も蘇り、会いたかった人たちに再び会える。
しかもそれは天国でではなく、この地上で、だ。


まったく、今思えば呆れ返るほど真剣に、母もそう信じていた。
母も含め、東大レベルの学歴を持つ親戚知人が糞真面目にみんな信奉していたから
子どもの私も小さい頃は疑っていなかった。
疑うのは、成績が悪いからだと思っていたほどだ。
それほど多角的に検証された書籍が山のように出ていて、片端からそれを熟読させられて来たから、余計にね。
マインドコントロールは恐ろしい。


でも、信じられるのならやっぱり、幸せなのだろうな…と思う。


疑ってかかるようになった私の成績はやっぱり、さして伸びなかった(笑)。
探求したい学者肌の人には、向いてたんだろう、ああいう宗教は。
その上、そこに本物の救いを感じられるのなら。





グダグダと考えていたら、
突然夢ネコが目を覚まして「ニャーー」と啼いた。
私が洟を啜ったから、その音に反応したのかな(おいおい)。
まったく、ロボットのくせに……




何にも反応せず
食べ物にだけどうやら反応する母は、今、生きていて幸せだろうか。

あの脆くなった脳で、今もやっぱり、楽園が来るって信じてるんだろうか。



………なら、やっぱり、
8年前に救急車を呼んでしまった私は、
間違っていたんだろう。

ただただ、済まない、と思う。
あの時死んでいれば、今頃は楽園で復活を待つ幸せな死人だったはずなのにな。
ごめんね、ママ。





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