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この星へ来て、初めての初夏。
これから気温はもっともっと上がり、季節は『夏』になるのだとか。
地球は私の故郷とは違って、上空数キロの所に天蓋があるわけではありません。驚いたことに、この星の空はそのまま、宇宙へと繋がっているのです。テレザートにも薄い大気はありましたが、人が住めるのは地下の大空洞、つまり内核星だけでした。雲は地下の世界には生成されず、ですから雨…というものも存在しなかったのです。
だからでしょうか。午前中から降り出した静かな雨を窓辺から見ていて、私はそれに… 触れたい、と思ったのです。
ベランダから、そっと庭に降りました。
天を仰ぐと空は白く、雨粒は頭上の一点から私の周囲に輪を描くように落ちてきます。その一点を見つめたいと思いますが、雨が目に入ってしまって上手く行きません。
私は目を瞑り、頬に、額に……落ちてくる雫を受けました。
…温かい………
両手を広げて雨粒を掌に受けると、温かな水滴が撥ねるように踊ります。島さんのお家の庭にある、たくさんの緑がはしゃいで深呼吸しています。皆…雨を喜んでいる。歌うような呼気の中に、緑のいい香りが満ちて。
樹々も足があったら……きっと踊り出すのではないかしら。
そう思ったので、私も両手を広げたまま……くるりと回ってみました——
「テレサ…! テレサ」
呼んでいるのは、島さんかしら。
しっとり濡れた髪と長いドレスが、だんだん重くなってきました。
少しの間、私は心地良さに我を忘れて、雨の中で踊っていたようです……
家の中で島さんはしばらく私を探していましたが、庭にいる私に気がついたのでしょう。
「なにやってるんだ?!」
窓のサッシがシュッと開く音がして、驚いた島さんの声が、大きく庭に響きました。
「…びしょぬれじゃないか!!」
「あの… 」
「なんでそんなことしてるんだ!?」
「あの…、雨を」
雨を、見ていました。
いいえ、正確には……
雨と戯れていた、と言うのでしょうか…
「雨?」と天を覗くようにして。でも、半分怒ったような口調。
「見るんなら家の中からでもいいだろ…?なんでそんなずぶ濡れになるまで外にいたんだ?…しかもまた裸足じゃないか!!」
「いいえ、あの…、雨がどこから来るのかしらと……そう思って」
「どこから、って……。とにかく中へ入って!」
もちろん、気になっていましたから調べましたよ?
水の循環。
雲の生成されるメカニズムと、それが地上へと戻って来る……地球という星の、奇跡。
雨がどこから来るのかだなんて、愚かな表現ですよね……
でも、そういう意味ではなくて。
「まったくもう……」
ブツブツ言いながら、島さんはバスタオルで私の身体を包むと、また溜め息を吐きました。
「風邪でも引いたらどうするの!」
「…ごめんなさい」
彼は怒っているのではないのです。ものすごく私を、心配している。それが分かったので、私は素直にそう謝りました。私の平熱は平均的な地球の女性より幾分低いので、春の雨も温かく感じます。でも島さんには、私の身体が冷えきっているように感じたのかもしれません。
「…こんなに冷えちゃって…」
そう言って私の肩を抱いた島さんの掌は熱いくらいでした。
「…君に処方できる薬がまだ無いんだ、ってこと、忘れてるだろう…」
いや、いいんだ。珍しいのは分かる。触ってみたかったんだね、雨を。
…テレザートという星には、雨が降らなかった、ああ、それは俺も君に聞いて覚えてる。…覚えてはいるんだが。
島さんは、ぶつぶつ独り言をいいながら、しょうがないなあ、と何度か頭を振りました。
リビングの床に、私のドレスから滴る水が小さな池を作っています。
「……着替えなくてはだめですね」
私はおかしくなって、その小さな池を見てクスッと笑いました。
「笑い事じゃないよ」
まったく、君って人は。
「床、拭きますから」
「そんなことはいい、すぐシャワー浴びて温まっておいで」
「寒くはありません」
「いいから」
島さんは、私の髪から滴る雨水を忙しくタオルで拭き取りながら、きっぱりとそうおっしゃいました。
びしょぬれのままでは、もちろんそのうち寒くなるでしょう。雨には大気中の目に見えない汚れも含まれている、とも言いますから、洗い流した方が良いのでしょうね。
そこで私は、しっとり濡れて重くなったドレスを脱ごうとしました。
「…ちょっ、…テレサ、そんなとこで」
「はい?」
島さんの頬が赤くなっているのが分かりました。でも、お風呂場は2階です。このままリビングを横切ったら、絨毯の上だけじゃなく家中に水たまりができてしまいますもの。このフローリングの窓辺で脱いでしまった方がいいに決まっているわ。
「まあ…こんなにお水が」
一体私は、どのくらいの時間雨の下にいたのでしょう?
狼狽える島さんをよそに、脱いだロングドレスからは随分な量の水がぽたぽたと滴っています。バスタオルでそれを包んで床に出来た池の上に乗せてみました…… どうにかして拭き取らなくては。
「…………」
島さんは無言で、リビングを出て行きました。別のバスタオルを取りに行くおつもりなのでしょう。
2階から降りて来る足音が、1・2度たたらを踏みました。
うふふ、そんなに慌てないで…。
「…ちゃんと温まった方が良い。バスタブにお湯が入るまでこれ被ってなさい」
バスタオルではなくて、タオルケットを。
ピンク色のタオルケットにふわりと包んでもらうと、なんだか身体がほわっと火照ってきました。
足の先まですっかり包み込むようにしてソファに沈み込んだ私の横に、「まったくもう」と言いながら島さんも座り込みます。
「……そうか。あの星は…雨が降らなかったんだね…」
「はい」
今更また、こんなことを聞いてすまない、と少し笑いながら。
あの星の姿を思い出すかのような表情で、島さんは呟きました。
「不思議な星だった。…いや、俺たちにとってはね。…君にとっては、ここが不思議でいっぱいだろうけど」
もう無くなってしまった私の故郷の話をする島さんは、少し気まずそうでした。でも、こうして少しずつでも私のふるさとを知ろうとしてくれる、彼のその心遣いがとても嬉しくて……。
私は微笑むと、島さんの身体にそっと寄り掛かりました。
「……寒くない?」
「いいえ…」
何度説明しても、島さんは心配なのですね……「大丈夫です。こうしてあなたが、そばに居て下さるのですから」
タオルケットの間から手を出して、彼の手を握りました。
「……温かい」
「………うん」
合わせた手をちょっとだけ離して、指を一本ずつからめて…もう一度ぎゅっ、と。
大きな手。
この手で… あの船を。あの船の舵を握って、あなたは……私に逢いに来てくれた。そう思ったら、急にその手が、いいえ…あなたが、堪らなく愛しくなって。
「…テレサ」
指を絡めて握ったその手に、私は唇を当てました。
唇でなぞるように…温かな指の関節を、ひとつずつキスで包んで。
「テレサ…」
「好きです、島さ…」
笑いかけて、そう言おうとした途端。びっくりするほど強く、島さんが私を抱きしめたのです。
次第に薄闇の増してくる部屋の中で。
二度と戦いの恐怖にも、別れの悲しみにも苛まれないようにと…その願いを込めながら、私たちは、何度もキスを交わしあいました……
温かな夏の雨の、降りしきる音を聞きながら——。
fin.
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COMMENT
無題
元気そうで何よりです(*^^*)
Re:無題
うふふ〜〜。
読んで下さってありがとうございます。
で、今、某絵師さんからメッチャおっとこ前の島くんを拝領してこようと算段している最中です(^^)お楽しみに〜〜♡ ←もうもらって来る気でいる(オイ)
最近私が描かなくなっちゃったからなあ〜〜(^^;;;)