またしてもNOTチャラスケ記事。
続・2199がヌルいのを考える件(笑)。
批判じゃないんです。
愛のムチです。
おほほ。
昨日、ふと感じたままに書き散らかした記事に、
予想外に多くの同意コメントを頂きましてビビっております(^^;)。
しかもなぜか恒例の、拍手コメント経由。
オモテでは語れないホンネがどっさり(爆)。
さらに面白いことに、皆さんのコメントの長さが似てるんだよね…
ああいうコメント欄に書くには長めの文章でのご意見ばっか。
他の人の意見は読めない(全員のコメントが読めるのはERIだけ)、誰も他に迎合してない状態で、あれだけ足並みが揃うとは驚きでござります。
ふーむ… やっぱ、ヌルいんだ。2199。
ほう。
結構そう思ってる人、多いんだ。
ERI自身は、2199がいきなり「浣腸」とかの部分的リアル追求を始めた頃から あのモヤモヤがあったんですよ…
「そこまで突き詰めるのなら、バランスよくやらんかい!」って。
バランスよく、っていうのはさ、ええっとね…
「とーりかーじ」とかの言葉遣いだけじゃなくて、もっとこう、
現実の旧日本海軍っぽく、もっと戦争してるっぽくさ。
緊迫感とか、悲壮感とかの漂う、戦争という必要悪の「どうしようもなさ」をバランスよく描けないのか、って。
(断っておくけど、戦争賛美してるんじゃないよ。ココは平和主義のテレサちんサイトなんで、そこ勘違いしないよーにw)
観てる人が暗くなるからなのかな。
…いや、そんなん知るか。
戦争を題材にした時点で、明るく楽しくなんて有り得ない。
……ああ、その覚悟がないからヌルイんだ。
旧作の上手いところは、
この「まともに考えたら暗くて重い戦争ドラマ」を
戦後の子どもたちにカッコ良いエンターテイメントとして届けたこと、
……でもあったのだなあと思うんですよね。
人類規模の戦争が題材なのに、暗さ悲惨さを「泣きたい要素」に置き換えて感動させ、
カッコ良く見せた戦後最初のエンターテイメント。
そういう見せ方がね、なんだかんだ言って上手かった、と思うんですよ……。
当時、「宇宙戦艦ヤマトを見せる」ということに私の親が難色を示したのは、
ユキのヌードやパンチラではなく(2199ではその辺のちょいエロを問題視してるママ世代が多いが、かつてはそうじゃなかった…少なくとも我が家では)。
「戦って勝つことをカッコいいと思わせている=戦争美化につながる」のではと懸念したためだった。
戦争=異なる正義のぶつかり合い
ということが、子どもには分からない。
戦争=政治的外交手段
ということも、子どもには伝わらない。
アニメを観て、 戦争=ただの悲しい殺し合い、ということが伝わればいいのだが、
運の悪いことに当の子ども本人(私や、同世代の子どもたち)は
戦争=悪い敵をやっつける胸のすくようなカッコよさ
だけを画面から学んじゃう。
……まあ、マンガやアニメというエンタメにこんな重い思想主義や、平和とはなんぞやという観念を載せるのは、そもそもあまり感心しない………これに成功して正しく伝えられているのは「はだしのゲン」くらいだからです。
「はだしのゲン」は、読んでいてただ恐ろしくなる。
時々ホッとさせられるエピソードはあっても、総じて読後感悪い。
でもそれが戦争の真実で、それが正解だからな。
ヤマトは果たして、
その次、その次、を(ガンダムやその他のSF戦闘アニメを) 量産する基盤となり。
戦争=カッコいい、の元祖になった。
漂う悲壮感、も「泣ける感動要素」として盛り込まれていて、
非常に上手い見せ方していた、と思う……
ん?
言い過ぎ?
そうかなあ…。
あの殺し合いのドラマを観て何に視聴者がわくわくするかというと、
やっぱ悲惨さよりもカッコよさ、でしょ?
誤解を恐れずに言い切るけど、
勝っている限りは「戦争はかっこいい」んだよ。
国家レベルであれば、殺人は罪にならないんだよ。
愛するものを護るために、やらなきゃならない正義なの。
それを宇宙人相手だからというオブラートに包んで
「殺らなければ殺られるから(しかもアニメだし)」と言って肯定しているのが、
「宇宙戦艦ヤマト」なのだ、ということは忘れちゃいかんと思う。
旧作を褒め過ぎかもしれないけどさ(笑)。
あの「子供だましだからね〜、勘弁してね〜」とも取れそうな、不整合極まりないシナリオの中には、こういう要素が全部入っていたんですよ、バランスよく。
つーか。
設定やシナリオが不整合極まりなかったからこそ、
戦争=カッコイイんじゃないぞ、っていうのが視聴後にも理解出来たわけですよ。
それは制作サイドの覚悟と言うか、ある種の割り切りでもあった、と思うんだな……。
ところが、ここで、2199。
設定の不都合や不整合を、奇麗に整頓してますよね。
そのために、「これはリアルな戦争だ」っていう描き方をしなきゃならない部分が多くなっている。
だけども、現代の視聴者に迎合するためなのかなんなのか、「学園ラブコメ要素」も入れなくてはならなくなっている。
どこをリアルにして、どこをオハナシにするかという取捨選択を任されているのが監督だけど、悪いけど所詮「オレの好きなモン描いてる」っていう域を出ていない。
ヤマトの艦橋がてっぺんにあってCICの概念が無視されているのと同じ理屈だ、と言ってしまえばそこまでだけどさ…(^^;)
(※現代の原潜や空母は中枢が艦橋にはなく、船体の中で最も傷つきにくい部分にある。ヤマトみたいにてっぺん狙われたらおしまいな作りは、海の上しかも第二次世界大戦までの戦艦にしか通用しない)
例えば、あの調子でリアル追求してったらおかしなコトが幾つも出て来ちゃう。
過去の戦争中には、
「ペン部隊」といってジャーナリストや記者、作家なんかが軍に追随してて、それが諜報戦ドラマなんかの元ネタになっていた。女性作家が単身軍艦に乗り込んで、南方から記事を本社に送る、っていう史実もあった。絵描き、写真家も報道のためにくっ付いて行っていた。
慰安のために劇団や音楽隊や歌手も、戦場へ行った…
一攫千金狙いのやつもいたんだろうが、ともかく戦場へは縮小された一般社会が追随する、それは可笑しいことじゃない。
そういうものもナシで戦った、っていうのは旧作ヤマトの「おかしな点/リアルじゃない点」。
だけど、2199はそのままそれを踏襲している。
マクロスで、人気歌手が戦場ど真ん中で歌う、あれはどっちかと言えば「戦争では実際にあったこと」だと言える。けど、ヤマトにはそのリアルさは「ない」。
ね?
監督の好きな、制作の、大きくなったコドモのみなさんが好きな部分だけをリアル追求しているだけ。
それが2199なのよね〜。
そこに覚悟はないし、バランスも悪い、とERIが感じても無理はないよな。
しかもさあ…
戦端を開いたのが、ムラサメ、ですよ。
これさあ。
普通にリアルに考えたらこの設定。
「戦端を開いたのが地球=軍上層部」という、
一般市民から見たら軍が戦争責任を負うべき重大な負の機密じゃない。
ほとんどこれ、真珠湾攻撃じゃない。
ガミラスがア★リカ?だとしたら完全に負け戦じゃない。
上でジャーナリストについて書いたから付け足すけど、
この真実は「ムラサメ艦長の息子の島がどう思うか」っていう些末な事件では済まないわけでしょ。
一体、あの設定をどう料理するつもりなのか。
先が分からないけど、あの事実をこしらえたことに一体どんな意味があるのかな。
「そうか、そうきたか!!」って仰天させてくれるような展開の伏線でなかったら、
ERI怒るよ、マジで。
ただ「戦争には加害者も被害者もない」みたいなコトを言いたいだけだったとしたら、
マジで呆れ果てるよ??
ジャーナリストが乗ってたとしたら(つか、乗せてないという設定自体に無理があるつーか…。でもまあ、コンタクトラインを越えちゃえば、情報を地球へ送ることも不可能だからアレですがw)この秘密を知ったとたん保安部に消されますよ…
でも、そういうエピソードがあって当然、と私なんかでも思うのに、多分そういう話はないよ?
断言するけど。だって、ジャーナリストや芸術家は乗り込んでないですもん、キャラ表にないですもん(笑)。
こういうとこに、リアル感が薄いんだよな〜〜。
………へ?
お前はワガママだ?
お前こそ、お前の好きなリアルを追求してるだけだ?
(^^;)
…かもしれん(てへ)。
まあ、こんな風にね。
言い始めたらキリはないのよ。
だけど、やっぱりなんだか、生温い居心地悪さがあるよね、2199。
と言うわけで(笑)、
今回の記事は、まったくのERI一個人の独り言でやんす。
異論反論多々あるかと思いますが、それは、あれだよ、……アレ。
ここの下んとこにあるでしょ…
拍手、で呟いてみたら、いいんじゃないかな……(笑)^^;
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