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「追憶のエレベーター」
(1)
「通信距離が、限界を超えます」
誰もが知っている事実を、相原がことさらに噛み締めるような口調で告げた。故郷とのコンタクトは、この数分を境に、取れなくなる。
俺の背後で、森雪がつぶやいた。
「ヤマトは、かならず帰るわ。……かならず」
誰からともなく、同調するつぶやきが漏れた。
うん。
そうだな。
必ず帰ってくるからな!
そして皆、さようなら!と心で叫んだ――
So long good-bye.
またな、という意味の「さようなら」を。
さて――
コンタクトラインを越えたからって、ルーチンワークに何か変化があるわけじゃない。相変わらず緊張しつつ策敵、報告、を繰り返す。
だが、戦闘時以外の俺たちの任務は、さほど緊迫していない。
俺が自席で欠伸をし、凝り固まった上半身を伸ばそうと地味なストレッチをしている一方、反対側の太田の声は終始緊張している。
(トップの違いだろうかねえ?)
太田は島さんの直下でこき使われてるからな……奴のアバタ面は、寝不足とストレスによる不調が原因だと俺は思っている。
ともかく航海班は二十四時間不眠不休、観測結果と首っ引きで航路を開拓しなきゃ船が進まないから、島さんは自分ばかりでなく部下に対してもかなり手厳しい。
件の航海班長ご本人はといえば、オートパイロットで動く操縦桿に右手を乗せて、人差し指でそれをコツコツ叩いている。何かに苛立ってる時の仕草だ。そのピリピリしてる島さんとは対照的に、座席にふんぞり返った我らが班長古代さんは、コンソールに行儀悪く両足を乗せて、歯の間から空気を出すやり方で音のない口笛を吹いていた。
後ろに居るこっちにまでそれが聞こえてくるってことは、すぐ横の島さんにはずいぶん耳障りに違いないが、古代さんは遠慮なんかしない人だ。
ま、これも見慣れた光景。
計ってでもいるのか、こういう時は大体七十秒前後で島さんが怒り出す……「古代お前、暇なら波動砲でも磨いて来たらどうだ」とかなんとか言ってね。
だけど、なぜか今回はそうならなかった。
なんでだろう。
……ああ、口笛、あの曲だからか。
注意して聞かずとも分かった。
それに思い至ると同時に、相原がこっちをチラチラ見ている事に気付いた。
(まーたあの歌。生活班長が放送禁止にした、って分かってんのに、古代さんったら。森さんにケンカ売ってんのかね、あれ)
ひそひそと相原が言うのに、思わずうなずいてしまう。
うん、真赤なスカーフって曲。隊員たちに里心がつくからって、森さんが艦内放送で流すのを禁止したんだった。森さんは今非番でここにいないが、もうそろそろ戻ってくる頃合いだ。
まあ、禁止したところで古代さんには無意味だろうな。ルールは破るためにある、って思ってる人だし。それに、お子ちゃまの相原は気付いてないみたいだが、古代さん……あれ、森さんの気を引くためにやってるとしか思えんわ。好きな子のスカートめくりする小学生か、っての。
俺は思わずくくっと笑って、席を立った。
前回不具合の出ていた照準機の調整が完了した、とコンソールにメッセージが出たから、ちょいと下までお出かけだ。
「古代班長!南部砲術長、第二主砲室へ調整確認に行ってまいります」
シーシーシシー、という音無し口笛が止まり、「おう」と一声返って来た。
「いってら〜〜〜」これは相原。左手をヒラヒラ振っている。
さあてお仕事お仕事。
自席を立つと、すぐ後方のエレベータードアに滑り込んだ。
そういや誰が言い出したのか、コンタクトラインを越えてから、エレベーター内で怪奇現象が起きる……って噂があるらしい。何が起きるのか、まともに答えられる奴がいないから、もちろん単なる噂。退屈しのぎには丁度いい。
「ん?」
エレベーター内の艦内放送で、微かだが音楽が聞こえている。
艦内放送で音楽?珍しいな……しかも。
「真赤なスカーフ」じゃないか。
禁止されてたはずじゃなかったかな?
下階へのボタンを押しながら、俺は首をかしげた。――エレベーターが、降下し始める。
重力ジェネレータによって、常に0・9Gの人工重力が働いている艦内だが、通路やエレベーターといった非生活空間の設定重力は、艦橋や隊員室、工場や食堂などの生活空間よりもやや低い。ことに、エレベーター内は0・7G程度のはずだ。だから、地上で感じるあの「ふわ〜〜〜っ」というような「落ちる感覚」があまりない。
「真赤なスカーフ」のサビに合わせて鼻歌を歌いつつ、ふと思う。
この低重力エレベーターに慣れてしまった身体で、地球へ帰って。1Gの重力のかかった地上でエレベーターに乗ったら、さぞかしキモチ悪いんだろうなあ……、と。
ま、帰れたら、の話だけど。
「えっ……」
ふわあ〜〜〜っ……と浮く感覚がやってきて、エレベーターが突如「落ち始めた」。
第二主砲室のあるフロアは、こんなに下層じゃないはずだ。
だが俺の乗っているエレベーターは、まるで地上数十回建てのビルの中のそれのように――地上数十階からダイブするかのように、下降し続けている。
うそだろ。0・7Gでこんな……うぇ……この感じ、カンベン……!
思わず壁に手をついた。足元から背筋まで怖気が這い上がり、毛穴から脂汗が吹き出す。パネルのデジタル階数表示が狂ったように変化するのをなす術もなく見つめていると、突然ガクンという衝撃とともにエレベーターが止まった。
(……第三艦橋を突き破って下に落ちたかと思ったぜ……)
いやいやそんなん絶対に有り得ないが。
けど、ここまで深みに落ちる感覚って、一体。
まさか重力ジェネレータの故障とかないよな?もしくは敵襲か?!
鼻腔から息を大きく吐き出して呼吸を整え、耳を澄ます。ついでにズレた眼鏡をしっかりかけ直した。だが艦内は静かだ……
(俺が…どうかしてるんだな)
自分でも気がつかないうちに、かなり疲れちゃってんだ、きっと。気のせいだ気のせい……
「……チン」
妙にノスタルジックな音を立てて、エレベーターの扉が開いた。
「…………!」
あれ?あの……はあ??
扉が開いた先は、……こりゃ、どこだ?
見慣れた艦内ではなく、どこまでも続く白い壁に白い廊下。左右に並ぶ幾つものスライドドア、まるで見慣れたあの軍中央病院のような殺風景な……いや、ここ、まさに……メガロポリス中央本部の軍病院じゃないか……?
誰だよ、エレベーターん中で怪奇現象が起きる、って噂流したヤツぁ……!
(2)へ続く
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