湿度が高めで、陽射しが弱く曇り空の下。
目白の庭園まで行ってきました。
湿っぽくなるのは、何か違う…と思うので、出来るだけ楽しく、笑顔でと思いながら学習院大の近くの喫茶店で絵なんか描いたりして暗くなるのを待ちました。
記憶だけで絵を描いてみよう。
「アンパンマン」→眉がないw
「ガンバ」→妙に面長で人相が悪いw
「ムーミン」→原作の絵柄を記憶しているか、アニメの絵柄を記憶しているかでまったく違うw
「サザエさん」→髪型がヘンw
……なんてやっていて、多少は気が紛れたところで、暗くなったのでバスに乗って。
時期的に観光客も多かったので、蛍の沢は見物客で賑わっていました。
そういえば……
あの方と初めて蛍を見にきたときは、1時間以上粘ったのですがさして見ることが出来ず、次の年にやっと「舞っている」のを見ることが出来たんでした……
その時の様子を、どうしても連想してしまいます。
曇り空なので、空が明るく、最初のうちはホントに「時々思わせぶりに光る」という程度。
このときまで
実は私は、人にいえない懸念を抱えていました。
あの方が急死された事がどうしても解せなくて…
本当は病気ではなかったんじゃないか。
たった2ヶ月前まであれほどしっかりされていたのに、
なぜ。…と。
ご自分でご自分の人生の幕引きをしたいと考えられても、おかしくないプライドの持主でいらっしゃいましたから……
そのきっかけの一つを、私が作ってしまったのかもしれない、と、実はずっと悩んでいました。
もちろん、どんな理由があったとしても、きっと真相は私には伝わる事はないでしょう。
でも、そうではない、と信ずるに足る理由もなく……
思わせぶりに2回。3回。
それだけ光って消えてしまう蛍の光に、涙が出てきて仕方なくなりました。
これでは、まだ送れない。
いつまでもくよくよするのはやめようと思っていたけど
蛍の方で出てきたくないみたいなんですもん。
21時を回り、もう諦めよう…と戻りかけてのぞいたスポットで。
やっと、舞うように飛ぶ数匹の光を見つけました。
一緒に来てくれた今の私の大切な人が言ってくれました。
「忘れるのじゃなくて、卒業すればいい」
普段は口べたであまりしゃべらない人ですが
大事な時にはしっかりと支えてくれる人です。
あのかたは、私がずうっとファンで居続けた、大好きな役者さんでした。
念願かなって、お会い出来。
頼って頂くまでになれたこと。
一時にしろ、心の拠り所として頂いた事は何ごとにも代え難い思い出です…
亡くなられたのは7月末のことですから、もうほぼ一年経つ事になるんですね。
なのに、私はそれを受け容れることが出来ず、実は、携帯のアドレス帳にはあの方のメールアドレス、最後のご住所、携帯とご自宅の番号などがすべて、残してありました。
もう使われていないメアドにもう誰も住んでいない住所に、もう誰も出ない電話。
もしもこの日、蛍を見送る事が出来なければ
そのまま残そう、と思っていました。
ですが。
見ているうちに、何匹もの蛍が次々に光り始め
舞うように上に昇り、光っては消え消えては光り。
私は、信心深い方ではありません。
蛍がそうやって、ひかり、舞ってくれたことに何か意味があるとか
そんな風に思った訳でもないです。 が……
残してあった携帯のデータを消去しても良いと、そのとき初めて思えました。
まあ、もちろん
携帯の中のデータを消しても
毎年作って差し上げた年賀状や暑中見舞い、名刺やDVDジャケットなど、
思い出として残るものはたくさんあります。
儀式的なものに意味を見いだそうとか、そんな風にも思ってはいません。
でも、携帯の「な」のアドレスを見る度に思い出すのが辛いのは事実でしたから、そういう辛さは「卒業しなくては」と、そう思いました。
忘れるわけじゃない。
忘れることは、きっと永久にないでしょう。
ヤマトが大好きで、あのアニメを見る度に、あのお声を思い出す。
今はまだ、お声を聴くだけで「ううう」ってなっちゃうので、ヤマトそのものを直視出来ない状況ですが、これを境に、そんな情けない状態からは卒業しようと思います。
いい思い出だけ。
あの方は亡くなられても
お声はずっと生き続けているのだから。
蛍を見送って来て後。
私は携帯から、お名前とデータを、消去しました。
「素晴らしい思い出をくださって、ありがとうございます」と呼びかけながら。
[12回]
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