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The Planet of Green  ☆ blog

   

第四章… 結局観に行って来た(笑)

ああ、いやその、2月2日以降だとちょっと忙しくなるって分かったので。
半日時間が空いたので、ぴゅっっと行って来た。

……感想?

んー

まあ、うん、面白かったよ。
観に行ってもいんじゃない?
島ファンにとっては?
うん、問題ないんじゃない、面白かったよ。

(ほんとだってば)

→つづきへつづく(ネタバレ注意)

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第四章…

チャラスケがテレサとどうにかなる、って言う展開が微塵も無ければ、
もうそれでイイや…


ひとまず呟いておく、ってことで。

まだ観てません。
パンフ発売になってから行こうかな。

いじょ。

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2017年から、まだ出られないけど…

もう2018年なのだなあ。

全然ついて行けないのに、時間だけが進んで行ってしまう。

私の心の中は、まだ2017年のクリスマスあたりで止まっている。

<OSAKA光のルネサンス2017 中之島中央公会堂ウォールタペストリーライティング>

9分ほどの動画なのだけど、ヒマだったら見てね。↑ 





クリスマス。


小さい頃から、『祝ってはいけない』お祭りだった。

それでも、ただのイルミネーションの行事なんだからと自分に言い聞かせて、
こっそり楽しんでいた…
母からは、異教の祭りとして禁じられていたから。

私がイルミネーション好きなのは、
世間のみんなと同じようにクリスマスを楽しみたかった、という、
『痛切な心残り』の名残なのかもしれない。


おにーさんを連れ回して、夜景ばかりを見て歩くのも、それなんだろうな。

本当は、母と、父と、妹と祖母と、…みんないっしょに、
イルミネーションを見て「奇麗だね〜」と言ったり
夜空を見上げて「わああ素敵!」とはしゃいだりしたかった。
大事な人。
大事な人たちと一緒に、
例えそれが、ただのお仕着せの娯楽や商魂逞しい行事だとしても
当たり前の季節のお祭りだとしても、
それを普通に楽しみたかった……


夜景マニア(笑)でも、
これには上に書いたような、複雑な由来があるのよ……



2年前の12月、
翌年以降に、こんなにたくさんの大事な命が亡くなるとはまだ知らなかった頃。

上の動画と同じ、この場所で、将来家族になることを約束してくれる人が出来た。

でも、その後すぐに彼の叔母さまが逝ってしまい
彼の叔父様、そしてお父様、
そして私の母までも。

おにーさんとも、離れていると、いつ何が起きても不思議ではないと思ってすぐに不安になる。


だけど、
一時一時を大事にただ生きて行くしか、何もできることなんて無い…
当たり前の時間とか
当たり前にいるはずの人とか
それがこの世で一番、当たり前ではないのに、
私はずっと、それに気が付いていなかった。


あのウォールタペストリーのプロジェクションマッピングを見ながら、
向江陽子さんの「光」という曲を聴きながら、
それを噛み締めている。

おかしなことに
この明るい曲調の「光」を聴いていると、
涙がボロボロこぼれてしまって前が見えなくなる。
何度聴いてもそうなってしまう。


だから、まだ2017年から出られないでいるのだ。







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母の、ピアノ

2013年5月21日に、同じタイトルで日記を書きました。

母のピアノ

母とそっくりの演奏をする「横内愛弓」さんというピアニストの話、でした。

今聴いてみても、やっぱりそっくりです……
とても不思議。


家にはグランドピアノとアップライトピアノの2台がありましたが、グランドの方は売り払ってしまったので、今あるのはアップライトだけになりました。しかも、誰も弾かないので、もう音が駄目になっているでしょう。


邪魔だから売ろう売ろう、と思っているうちに、
結局、あのピアノが母の形見になってしまいました。
2017年10月24日に母は亡くなり、私は10年間の介護を終えました。


あの人は丈夫だから、たぶん私よりも長生きするなんて思っていたけど
まあそんな事はなかったわけです……


ヤマト2202の第三章を観て、罵ってみたりしていたけれど、その記事を読み返す気にもなれず。
拍手コメントに色々頂いていましたが、それにもお返事する気になれず…。
ごめんなさいね、読んでいますが、反応出来ませんでした。



母が亡くなってもうひと月以上経つのに
まだ全然日常に戻って来れません。
納骨の予定も立てていないし、遺影も遺骨もキッチンの一角に置いたまま。
さりとて、そこに母が居るとはあまり思えず。

お墓じゃなくて、海洋散骨をと考えていましたが
今の状態で遺骨までもが目の前からなくなるなんて、とても耐えられず。
……でもやっぱり、そこに母が居るのだとは、思えなくて。

お花だけは、絶やさず飾っていますが
頂いた百合の香りがとても素敵なのに、ああでも、これを母はずっと嗅ぐことが出来なかったし今だってもう嗅ぐことが出来ない、なんて全部マイナス思考になっちゃって。

もう普通に会社にも行っていますしテディベアも作っていますし、イベント出店なんかも出来るようになっているのですが、全部上っ面だけでただ頑張っているだけで、泣きながらふと気がつくと夜中の3時だったりして……




訳あって、こういう励ましの言葉が苦手です。↓

「お母さんはちゃんとあなたのこと、わかっているよ。そばにいて見守ってくれているよ」


……生前の母のことを考えると
それはおそらく無いのです。
母は、我が子よりもカルト宗教を愛していましたし、
介護していた10年間、ただの一度も母から「OK」をもらったことは無かったから。
むしろ母にとって私は「ただただ残念な娘」だったのですから…


あとね…

「どんなに頑張ったとしても、絶対に後悔は残るものなんだから」
なんていう励まし?だか悟り?だか、な言葉掛けも苦手です。


母にとっての「自分(わたし)」を考える時、
どれだけ「してこなかったか」「できなかったか」「だめだったか」
それしか出て来ない。
自分的には、「私は頑張っていた」「やれることを懸命にして来た」と思えるんだけれども、それを母からみて、というのに置き換えると「酷く残念な娘」でしかなかったから。
後悔は誰にでも残る、…そんなら私のはもう最低最悪最凶の後悔、ってことになってしまうから。




私にとっては、まだ、母の介護は終っていないのかもしれません。
私が死ぬまで、この後悔は続くんでしょう…
たとえ死後の世界で母に会えても、母は私を見てもきっと喜ばないんだろうな。

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こうなると「さらば」式特攻はナイな

んもう、出来の悪い二次創作ねっ!!

……と2202をボロクソに貶してますERIですミナサマコンバンハ。

(たまーに製作のどなたかがココ見てるようですが、そんなこと気にしちゃいません。遠慮なく見るがよい苦しゅう無い……フハハハ…)←バチアタリ




前回の戯れ言は、何日かして見直すと「はひ?」なこと書いてるなあと自分で突っ込みそうになりますが、後悔はしてないので書き直しません(キッパリ)。

これも「愛」ゆえ……
偉大なるERIさまの、大いなる愛ゆえのお仕置きなのです……
(誰だおまいはドクロベーかemoji



んーでも、
(大体、あの雪ちゃんダイブの回って何話?9?それすらもよく分かってない始末w)

ただ。
あのお話をぶっ込んだおかげで、
2202のラストは、例の「さらば」的「古代の特攻」には出来なくなくなりそうですな。

また戯れ言暴言三昧です。
さらに強化してますしネタバレしてます。
ご注意を。



「つづき」へ。


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